なんかおかしい?|母の変化に気づいてからの記録①

体験談・日常

はじめに

これは母(61歳)の話ですが、現段階で病名がわかっているわけではありません。

1回目の病院で、もうほぼ認知症としか言いようがないなとは感じましたが、大きい病院で詳しく調べてもらうまでは、まだ

治るかもしれへん

希望は捨てられません。

記憶がなくなってきた過程

3年前に子宮筋腫になり、子宮の全摘出手術をしました。

その入院中に、強い術後せん妄🔍「術後せん妄 | 健康長寿ネット」を経験したそうです。

実はそこからなんです。

美穂
美穂

ん?10分前に言ってた事を、さもかも「初めて言いました」的なノリで話すやん!

って思うことが多くなったのは。。でもただの「老化」としか思わないんですよね。

ここが落とし穴なんでしょう。

私が住んでいる愛知県から実家までは、高速で片道3時間弱かかります。(NO渋滞で)

なので大型連休の度に年3回帰れたら良い方なのですが、子供が小さく、体調を崩しやすいのと、コロナ過ということもあり中々帰れないでいました。

両親も60歳なので、愛知にくるのもしんどいと、1度しか遊びにこず。

そんなこんなしていたら、去年夏(2024年夏)に母の記憶が益々なくなっていることに気づきました。

直近の事の記憶がないのはあるあるだったのですが、昔の記憶まで

母

え~なにそれ?そんなんあった?

と言うようになりました。

おかしな行動

2025年正月に帰省した際、実家に帰省する前に義実家に帰っていて、帰りに自家栽培の野菜や煮物をもたせてくれたのですが、実家に帰って私がお味噌汁を作り、晩に家族皆でお味噌汁やら、お義母さんが持たせてくれた筑前煮を食べたのですが、翌朝起きたら、お味噌汁の鍋の中に筑前煮が投入されていました。

父が台所に立つことはなく、確実に母がやったことなのですが本人全く記憶がないのです。

美穂
美穂

お味噌汁の中に、筑前煮入っててんけど、、どうしたん?

と聞くと、「え~!?」と驚き、言葉に詰まっていました。

母も、自分やばいかも・・・と初めて気付いたのだと思います。

父の情けなさ

美穂
美穂

私、家遠いんやで、ぱぱりん(父)が病院連れてってあげてよ!!

と繰り返しずっと言っていたのですが、父は

父

絶対行かんもん!

の一点張り。(病院を調べたことも、連れて行こうとしたこともないくせに(怒))

その癖、私が帰省するたびに

父

ほんま日に日に忘れすぎるから怖いねん~

と言ってくるのです。。トホホ(泣)

家の事は一切何も手伝ってこなかった父なので、もう仕方ないと思い私が病院に連れていく事に。

初めて頭の検査をしてもらうと言うことで、私も母もドキドキでした。

次の記事では、実際病院で受けたテストだったり聞かれたこと、検査内容、私たちの内心を細かに書けたらと思っております。

病院も凄くよかったので紹介させてください。

では次の記事でお待ちしております。

👉「まとめ記事はこちら」

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